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東京高等裁判所 昭和54年(う)605号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数中四〇日を右の刑に算入する。

押収してある覚せい剤二袋を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石黒武雄、同大北晶敏、同金子好一連名作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官長尾喜三郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。なお、弁護人は、控訴趣意第二点は量刑不当の事情として主張するものであると付陳した。

第一控訴趣意第一点について

論旨は、原判決が原判示第一の事実認定の証拠に掲げる軟式テニスボールに入った覚せい剤(ビニール袋入り)一袋は被告人方診療所を捜索した甲野花子、乙山一郎らによって違法に収集され、警察に領置されたもので、証拠能力を有しないから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて考察すると、原判決は、検察官請求にかかる所論覚せい剤一袋を採用し、これを、被告人が甲野整形外科内の診療室において覚せい剤約二・五九三グラムを所持したという事実(原判示第一の事実)の物的証拠として挙示していることが明らかであるが、関係証拠により、右の証拠物が警察に押収された経緯をみると、次のとおりである。

昭和五三年九月九日の夜、被告人の前妻甲野花子、被告人のもとで以前に看護婦をしていたA、同じく事務員をしていたB、被告人の友人乙山一郎医師、C医師及びD○○○病院長らが被告人の病状を憂慮して被告人経営の診療所に集まり、右医師三人が被告人をまじえて話し合った結果、薬物中毒の疑いを深め、被告人を説得して、右○○○病院(精神病院)に入院させた。そして、乙山医師を中心に、入院後の診療所の経営の問題等について相談し、とりあえず、被告人のため貴金属類などは、被告人の実母と同一の邸宅に居住している甲野花子が預って持ち帰ることとして、診察室を探していたところ、たまたま、同女が本棚の上に破れた古い軟式テニスボール一個を発見し、その中に白い粉末の入ったビニール袋一袋があったので、傍にいたAを介し、乙山医師に手渡した。そのあとで、別の人からも白い粉末入りのビニール袋一袋を受け取った乙山医師は、これらが覚せい剤であることを知り、翌一〇日夜警視庁刑事部捜査第四課に勤務する知人のE警察官に届け出た。同警察官は、翌朝麻布警察署に赴き、司法警察員Fに事件を引き継いだ。同司法警察員は、あらかじめE警察官の呼出しに応じて出頭して来たBから事情を聴取し、前記軟式テニスボール一個、覚せい剤と認められる白色粉末(ビニール袋)二袋の任意提出を受けて、領置し、鑑定を嘱託した。その後、同年一一月二日右のテニスボール等を乙山一郎に還付したが、同日再び同人から任意提出を受けて、領置した。

以上の事実が認められる。これによれば、甲野花子、乙山一郎らは被告人のためを思って入院につき配慮し、入院後の財産の保全を図って貴金属類を探していたところ、偶然本件覚せい剤を発見したのであるから、そのことじたい必ずしも違法な措置であるとは断じがたいのみならず、警察官は、本件覚せい剤の発見、収得には全く関与しておらず、後刻警察官のもとに任意に差し出されてはじめて証拠として捜査線上に浮んだことが明らかであって、右押収手続に違法のかどはなく、証拠能力を排斥すべき事由を見出すことはできない。

しかも、原審公判廷では違法収集証拠である旨の主張はなく、かえって、弁護人は、本件証拠物のほか、これに関する任意提出書、領置調書、鑑定嘱託書(謄本)及び鑑定書の取調請求に対し、異議をとどめることなく、同意し、証拠調を終えているのである。

したがって、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反は存しない。所論引用の各裁判例は、本件と事案を異にし、適切ではない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二、三点(量刑不当の主張)

論旨は、要するに、原判決の判示する量刑理由のなかには独断と偏見によって誤認したものがあり、原判決の量刑は著しく不当である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調べ、当審における事実取調の結果をも参酌して検討すると、本件は、被告人が、原審相被告人甲野春子と共謀のうえ自宅において覚せい剤の結晶約一・五七九グラムを所持したほか、単独で、被告人方診療所において覚せい剤の結晶約二・五九三グラムを所持し、二回にわたり、自宅等で覚せい剤の結晶約〇・〇三グラム入った薬用カプセルを服用したという事案である。

原判決が量刑の理由として判示するところは、当裁判所もおおむね相当としてこれを是認することができ、所論のように独断と偏見に基づく誤認があるとは思われない。もっとも被告人が昭和五二年ころから覚せい剤を常用していたとは認めがたいが、少なくとも本件当時においてはかなり覚せい剤に親しんでいたものといえるのであって、本件各犯行の動機、罪質、態様、ことに、医師として薬害を除去し健康を守るべき立場にあり、しかも、不惑をこえる身にありながら、安易に覚せい剤を用いたこと、被告人に麻薬取締法違反の嫌疑により起訴猶予処分を受けた前歴のあることなどにかんがみると、犯情はまことに芳しくなく、被告人を懲役一年六月の実刑に処した原審の量刑も、首肯できなくはない。

けれども、被告人には前科がなく、現在自己の非を悔い反省の情を示していることのほか、被告人の業績、原判決後、被告人が診療所として使用していた建物等について競売手続が開始されたこと、日本形成外科学会から除名されたこと、日本青年社と関係を絶っていることなどの被告人に有利な事情が認められ、これらを含め本件に現われた諸般の情状を総合考慮するならば、現段階においては、原審の量刑はやや重きに過ぎ、刑の執行猶予を相当とする事案ではないが、右刑期を減ずる余地があるものと考えられる。論旨は、右の限度で理由がある。

よって、刑訴法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決をする。

原判決の認定した罪となるべき事実に、原判示の法条を適用し、該当処断刑の範囲内において、被告人を懲役一年二月に処し、原審における未決勾留日数の算入につき、刑法二一条、押収してある覚せい剤二袋の没収につき覚せい剤取締法四一条の六本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡村治信 裁判官 林修 船橋定之)

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